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阿部慎之助監督の辞任に思う——「父親の怒り」と「暴力」は、本当に同じものなのか

タイトル、阿部慎之助監督の辞任に思う——「父親の怒り」と「暴力」は、本当に同じものなのか

 

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さて、ニュースを見て、思わず手が止まりました。

 

巨人軍の阿部慎之助監督が、自宅で長女に暴行を加えたとして現行犯逮捕され、監督を辞任した——その報道に、私はなんだか正直ショックを受けました。でも同時に、どこか「かわいそうだな」という気持ちも湧いたのです。

こんなことを書くと批判されるかもしれないですが。でも私はシングルマザーとして一番上の子が高校3年生の娘です。阿部監督の娘さんとちょうど同じ年齢の子を持つ親として、この出来事をただ「暴力事件」として納得できませんでした。

■ 事件の概要——何が起きたのか

📋 事件のポイント
自宅で次女(15歳)と長女(18歳)が口論に。止めに入った阿部監督が長女と口論となり、押し倒すなどの暴行をしたとして逮捕。長女にけがはなく、翌未明には釈放。その後、監督辞任が発表された。

逮捕直後、「静かにしろと言ったら言い返してきたのでカッとなった」と話していたという。

そして記者会見では、長女自身が「殴る、蹴るなどといった暴力はなかった」という思いを書いた手紙を代読してもらった。この手紙の一節が、私の心に深く刺さりました。

■ 「暴力」という言葉が飲み込んでいるもの

私は昭和生まれです。

私もシングルマザーですが、私自身も父親がいない家庭で育ちました。

「お父さん」というのはこわいもの

——普段は穏やかでも、いざというときには怒鳴り、場合によっては手が出ることもある存在。

それが「悪い父親」ではなく「父親らしい父親」だと思われていた時代に育ちました。

もちろん今は違う。体罰は認められていないし、子どもへの暴力は許されない。

それは正しい方向への変化だと思う。

だけど、叩くことがすべて、100%悪いのか?とも思う中、

私の中には引っかかるものがありました。

今回の事件、本当に「暴行事件」として一刀両断にしてよいのだろうか

——という疑問です。

娘同士のけんかを止めようとした。言い返されてカッとなった。押し倒した。けがはなかった。そして当の娘自身が「暴力ではなかった」と言っている。

これを「暴行犯」として逮捕し、会見の席で涙を流す男の姿を全国に晒し、監督という職まで失わせる——その一連の流れに、私はある種の冷たさを感じました。

■ シングルマザーとして感じること

私には高校3年生の娘がいます。

正直に言うと、私だって娘とは衝突する時は頻繁に衝突します。

反抗期なんてとっくに終わったつもりでいたのに、まだ反抗期終わってないんかよ。

という日々。

私はひとり親だから、怒るのも慰めるのも叱るのも甘えさせるのも、全部ひとりでこなさなければならない。

私自身感情がうまくコントロールできないときもあし、

自身の体調や仕事の悩みなどが重なるとメンタルがやられる時もあります。

声を荒らげたことは、ある。机を叩いたことも、あるかもしれない。
それは暴力なのか。

「暴力」という言葉の定義は広いと思いました。

法律上は、相手の体に物理的に触れたり、触れる可能性のある行為はすべて「暴行」にあたりうる。

でも、そのすべてが同じ重さで裁かれるべきなのか、というのは別の話だと思う。

子を思うあまりに感情が爆発してしまった父親の行為と、支配や恐怖を目的とした暴力は、まったく異質なものではないだろうか。

■ 「厳しすぎる社会」への違和感

今の日本社会は、ある種のゼロトレランス(不寛容)的な方向に進んでいるように感じることがあります。

どんな事情があっても、どんな文脈があっても、「暴力」「ハラスメント」というラベルが貼られた瞬間に、その人は加害者として裁かれる。

それが本当の被害者を守るために機能している部分は、確実にある。

過去には隠蔽されてきた暴力が、今はきちんと問題にされるようになった。

それはいいことだと思います。

でも同時に、その網が広くなりすぎて、

「家族のなかでの感情的な行為」まで同列に扱われてしまうことへの違和感はすごく感じます。

阿部監督が辞任せざるを得なくなったのは、社会的な制裁として「必要なこと」だったのだろうか。

それとも、今の空気がそうさせたのだろうか。

私には正直、分からない。でも「かわいそうだ」と思う気持ちは消えません。

私は親として、なぜ怒られたのか、なぜそういう状況になったのか、なぜお父さんは怒ったのか、今までのお父さんはどうだったのか。

もっと考え欲しかったという残念な気持ちになりました。

■ 娘を持つ親として、考えること

阿部監督は記者会見でこう言いました。

「娘も高校3年生で年ごろなので、どうか温かく見守っていただけると幸いです」

この一言に、私は父親の気持ちを見たように思いました。

自分が起こしてしまったことへの後悔ではなく、娘のことを守りたいという、ただその一点。

親として私だったらどうだったのか。と

高校3年生というのは、もう子どもとも言えないけれど、大人とも言い切れない、すごく難しい時期だと実感しています。

自分の意見を持ち始め、親に反発し、一応もう1人で何でもできる。

でも心のどこかではまだ頼りたい。

そういう子どもと毎日ぶつかりながら、親だって感情を持った人間なのだということを、もう少し社会は許容してくれてもいいんじゃないか——そんなことを思いました。

■ 「暴力はダメ」、でもそれだけじゃない

誤解してほしくないのは、私は「暴力を肯定している」のではない、ということです。

子どもに対する暴力は、絶対にあってはならない。そのことに変わりはない。

ですが、「暴力」という言葉ひとつで、すべてを同じ箱に入れてしまうことへの疑問を、私はずっと持っています。

今回の阿部監督の行為が正直そこまで「してはいけないことだった」のかということ。

でも、それによって仕事を失い、全国に顔と名前を晒され、長年積み上げてきたキャリアに傷をつけられる

——それが「適切な制裁」なのかどうか。

そこは、もっと丁寧に議論されるべきだと思う。

私の娘も、今年高校3年生。進学や将来について、もう真剣に進む方向を見据えて勉強や生活しないといけない時期。親子でぶつかることなんて、しょっちゅうある。

阿部監督の娘さんが、会見の場で「暴力ではなかった」という手紙を書いてくれたことは、なんだかほっとしました。娘が父親のことを守ろうとしていましたね。

家族のことは、やっぱり家族にしか分からない。どんなに世間が騒いでも、その親子の関係は、きっとこれからも続いていく。それを信じたいし、温かく見守りたいと、私は思いました。

※ この記事は個人の感想・意見です。暴力を肯定するものではありません。

 

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